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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)4245号 判決

原告

株式会社喜多原

右代表者

北原侑子

原告

宮原啓市

右両名訴訟代理人

原田甫

沼田弘一

被告

平井正

平井一枝

堀茂雄

堀み江

右四名訴訟代理人

田浦清

右訴訟復代理人

中山俊治

主文

一  被告平井正は、原告株式会社喜多原に対し、金一二〇〇万円、原告宮原啓市に対し、金八〇〇万円及び右各金員に対する昭和五四年八月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告平井一枝、同堀茂雄、同堀み江に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告らと被告平井正間に生じた分は同被告の負担とし、原告らと被告平井一枝、同堀茂雄、同堀み江間に生じた分は原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二1、2〈省略〉

3 以上の事実によれば、訴外会社は、原告らとの間で本件請負契約を締結した昭和五四年一月末当時、累積赤字と資金繰に苦しみ、さしあたつて新規工事受注による代金入金か他からの融資がなければ翌二月末の手形決済資金が約二〇〇〇万円不足することが確実な状態であり、被告正は、取引先に二〇〇〇万円の融資を依頼していたものの、担保もなく、右のような経営状態から確実に借入できる見込もなかつたし、原告らから請負代金内金として一部は工事材料費に充てると説明して受領した二〇〇〇万円も受領直後に訴外会社の資金繰に費消してしまう状態で、契約当初から原告らより支払われる請負代金内金はすべて訴外会社の資金繰のために使用し、本件請負契約履行のための工事資材購入費用や下請人への決済資金は原告らとは別の新規工事を受注してその支払代金によつて調達することを予定していたが、その新規工事受注の見通しも全然立つていなかつたもので、結局右借人にも失敗して契約後わずかに一か月余りで訴外会社が倒産するに至つたものと認められるから、被告正は、原告らとの本件請負契約締結当時、訴外会社が本件工事を完成させることがその極度に悪化した経営状態から困難であることを十分認識し得たものと認めるのが相当である。

そうすると、被告正は、原告らとの間で、訴外会社が請負工事を完成させる可能性が極めて低いことを知りつつ、訴外会社の資金繰の逼迫をその前受代金で一時的にも解消しようとしてあえて本件請負契約を締結し、かつその代金を受領したものといわざるを得ず、被告正のかかる行為は、訴外会社の代表取締役としての忠実義務に著しく違反した任務懈怠というべく、かつ右任務懈怠は被告正の少くとも重大な過失によるものと認められるから、被告正は、原告らに対し、原告らが本件請負契約締結、代金支払により蒙つた前記一の損害につき商法二六六条ノ三第一項の責任を免れないものと解するのが相当である。

したがつて、原告らのその余の主張につき、判断するまでもなく、被告正に対し、原告会社は一二〇〇万円、原告宮原は八〇〇万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五四年八月三一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものというべきである。

三次に、被告一枝、同み江、同茂雄の責任について検討する。

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告一枝は被告正の妻、被告み江は被告正の姉、被告茂雄は被告み江の夫である。同茂雄は、昭和五三年一月から個人で計算士の仕事をしているがそれまでは京都市計量検査所に勤務する地方公務員であり、被告み江とともに、被告正を小学生のころから中学卒業後働きに出るまで養育していた。

(二)  訴外会社設立に際して開催された創立総会で、被告一枝、同み江は取締役に、同茂雄は監査役にそれぞれ選任され、右被告ら三名はこれを承諾して、その旨の登記がなされたが、実質は設立手続にあたつて訴外会社の形式を整えるために被告正が右被告ら三名の名義を借りたにすぎないものであつた。以来、訴外会社破産宣告に至るまで、登記簿上は右各登記がなされていた。

(三)  右被告ら三名は、訴外会社の株主となつていたが、これも名義だけのもので、訴外会社に対する出資はしていなかつた。訴外会社においては、創立総会は開催されたが、その後、株主総会及び取締役会は一度も開催されたことがなく、毎年の各株主総会議事録、各取締役会議事録は、被告正が、訴外会社顧問税理士の関与のもとにその余の被告らに了承を求めることをせずに作成し、右各書類に記載された被告一枝、同み江、同茂雄の署名は、被告正が記載し、各人名下の押印も、被告正が用意した印鑑でいずれも無断でなしていたものであり、役員の任期満了による改選や新株発行等の場合も、被告正が必要書類を作成して所定の手続を行つていたもので、被告正は、右被告三名に一々名義及び印鑑使用の承諾を求めたことはなく、右被告三名は右事態を全く知らなかつた。

(四)  被告一枝、同み江、同茂雄は、登記簿上は訴外会社の役員となつていたが、いずれも役員報酬は支払われておらず、新株発行に際しても出資はしなかつた。

(五)  被告茂雄は、訴外会社設立当時会計帳簿に関する知識はなく、訴外会社の第一期決算書類には目を通して押印したが、第二期以降は赤字決算となつたことから被告正が同茂雄に会計帳簿を見せなかつたため、同被告が関与しないまま会計帳簿の作成がなされていた。同被告は、最初の任期満了時に被告正から改選について何も言つてこなかつたので監査役としての任務は終了したものと思つていたこともあつて、特に、被告正に会計帳簿の提出を求めることもなかつたし、訴外会社を訪れたこともなく、経営内容について被告正から相談を受けたりしたこともなく、第一期の決算書類に押印した以外は訴外会社には全く関与していなかつた。

(六)  被告一枝は、同正が個人で建築業を経営していたころは電話番等をして同人の事業を助けたこともあつたが、訴外会社設立以後は会社の経営等には一切関与しておらず、また、被告み江も最初に取締役として名義を貸しただけで訴外会社の経営等には全く関与せず、両名とも家庭の主婦としての生活を送つていた。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右事実によれば、被告一枝、同み江、同茂雄は、訴外会社設立から破産宣告に至るまで登記簿上は取締役ないし監査役としての登記がなされていたところ、右被告三名は、訴外会社設立時においては被告正の依頼によりそれぞれの名義使用を許諾したものではあるが、以後の改選時においては、被告正が勝手に重任ないし就任登記をなしていたものであることや、右被告三名の職業、身分関係及び訴外会社への関与の状況を総合して考慮すると、右被告三名は、訴外会社の本件請負契約締結及び前記内金受領時に取締役又は監査役であつたものということはできず、従つて、被告正の任務懈怠に対する監督是正義務を負うものではないというべきであるから、右被告三名に取締役ないし監査役として被告正の職務遂行についての監視義務違反(任務懈怠)による責任を認めることはできない。

四〈証拠〉

(山本矩夫 矢村宏 荒井純哉)

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